人生における3つ目の選択肢ー「イエス」と「ノー」とそして・・・

どーも、景嗣です。

 

みなさん、どーもお久しぶり。

てか、新年明けましておめでとうございます、やね。

今年もよろしくお願いします。

 

2019年、新年一発目のブログ記事ということで、景嗣らしい記事を書いていこうと思う。

 

そうさなぁ・・・・

今回は、「人生における3つ目の選択肢」について、ダラダラしゃべることにしよう。

 

・・・・・・・

・・・・・・・

 

とある企業の社長とサシで話し合う機会があった。

御年60歳。とても物腰の柔らかい社長である。

 

彼の手元をよく見ると、右指の4本が皮膚の色と違う。

これらの指は「義指」であり、20代の頃に不慮の事故で右指4本を失くしてしまったらしい・・・・

 

彼は、その昔、キーボード奏者であったというのだから、指を失くしたときに感じた絶望感は計り知れない・・・・

 

20代の頃は、生きる希望さえ持てなかったようで、30歳になるまで一切仕事に就くことがなかったそうだ・・・・

 

そんな彼は、30歳から現在に至るまで、並みならぬ研鑽を積み、業績好調の企業を構えるまでに至っている。

 

・・・・・

・・・・・

 

そんな彼が・・・

右目の視力を奪われ、世界で一番大切な人を失くし、誰からも認められず、悲しみから抜け出せずに途方に暮れている僕に・・・

このような話をして下さったのである・・・・

 

 

社長「景嗣くん、人生には3つの選択肢があるんだよ。」

 

景嗣「3つの選択肢??」

 

社長「そうさ。例えば、目の前に2つの進路があるとする。『イエス』という進路と『ノー』という進路さ。『イエス』の道を採るのか、『ノー』の道を採るのか、どちらの道を採るべきか ・・・ きっと、大多数の人は、『イエス』か『ノー』かのどちらかを選択する前提で、自己の行動を決定すると思うのね」

 

社長「でもね、こういう状況に出くわしたとき、実は、その人には『もう一つの選択肢』が用意されているのさ」

 

景嗣「もうひとつの選択肢??」

 

社長「それはね・・・『どちらも選ばない。何もしない』という選択肢さ・・・・」

 

景嗣「何もしない・・・ なるほど・・・ 確かに『何もしない』という選択肢はあるにはありますね・・・ ただ、自分から何もしなければ、悪しき現状は何も変わらず、ただただ犬死にするだけでは?? 社長のおっしゃる選択肢は『有って、無いようなモノ』のように感じるのですが・・・」

 

僕は、正直なところ、社長の意見に賛成しかねる部分があった。

 

人生26年、こんなにも惨めな思いをし続けて・・・

 

四六時中、罪悪の念と喪失の悲しみに苛まれ続けて・・・

 

『生という苦しみ』を味わい続けるくらいなら、いっそのこと『終焉という救い』を心底求めてしまう・・・

 

そのような現状を打破しないまま、「何もしない」だと・・・

 

溢れんばかりの悲しみに因って、今にも張り裂けそうな心・・・

四六時中、耐えかねる苦しみに苛まれる僕にとって、「現状を打破することを諦める意思決定」は、「光の差し込まない虚無に、てづから好んで居座り続けて、徒労の果てに無念のまま無に還ること」を意味していた。

 

正直なところ、今の僕にとって、社長の意見は相当程度に受け容れ難いものがあった・・・・

 

社長「景嗣くん・・・・ 俺はキミに、目の前に2つの進路がある状況を想像するように言ったよね?? もう少し具体的にイマジンしてみようか・・・ 2つの道のどちらかを行こうとするときに、キミはどのようにしてその道を行くかね??」

 

景嗣「ん?? それは・・・自分の足で、それこそ右足と左足を交互に動かし、地面を蹴って前進していき・・・どちらかの道を行くかと思います?? (質問の意図をあまり理解していない口調で)」

 

社長「景嗣くん、実はそれは違うんだ・・・ 人生ってのはね・・・『大海』なんだよ。キミは2つの道のどちらかを選ぶ際に『大海に浮かぶ船に乗って』道を行くのさ」

 

景嗣「『大海』?? 『船』?? 地面を歩くのと何が違うというのですか??」

 

社長「全然違うよ。少なからず『大海』には、『波』という現象が起こるだろう??」

 

社長「船を自分から動かそうとすると、自分で動かした力の分量だけ、別の領域で反作用というカタチで『波』が生じ、船体に押し寄せる。これが、自分の進路の『追い波』になることもあるのだが、『向かい波』になることも少なくはない。まぁ、実際のところ、たいていの場合は『向かい波』となって、進路を狂わされ、余計な労力を消耗させられるだけである」

 

景嗣「・・・自分から船を動かそうとすると・・・余分に進路が狂って、かえっていい結果が生まれにくい??」

 

社長「飽くまで『そういう時も多い』くらいの認識で居てもらえてたらいいよ。さて、逆転の発想だ。景嗣くん、大海で船を動かすことを諦めて、ホントに何もしなかったとする。想像してみて欲しい。キミが言うように、『何も状況が変わらないままであり続ける』であろうか??」

 

なるほど・・・

そういうことか・・・

 

景嗣「・・・自然に『波』が立って・・・ その『波』に乗って、船が動きます・・・ どこに進むかはわからないけど・・・ 少なくとも『同じ場所に居続けることはない』??」

 

社長「そうさ、その通り・・・ 良いか悪いかなんてこの際別にして・・・『波のある人生において、同じ状況で居続けることなんて、そもそも在り得ないんだよ』。」

 

社長「さらにキミの解答に付言するならば、『どこに進むかはわからん』が・・・ 自然に生じた波が無抵抗の船を運ぶわけさ。きっと、その波は、キミの乗る船の寸法・重量・容量に相応しい、『分相応の進路を提供してくれる』と、そう思わないか??」

 

景嗣「・・・ありのままの自分が行き着くことのできる理想郷がある??」

 

社長「そうさ、キミが何も選ばなかったとて、『時代が変わる』のさ。僕も人生60年の間にさ、時代が目まぐるしく変わる瞬間を何度も目撃したさ。算盤のポジションを電卓が奪い、パソコンの台頭によって電卓のポジションも絶対的なモノではなくなった。これはほんの一例だけど、こういう時代の変遷に即して、必要とされるモノもその都度目まぐるしく変わってきたことも想像できるだろう??」

 

社長「『キミが真に必要だ』。時代が姿を変えて、そのように叫ぶようになるまで・・・ 何も選ばなくてもイイ・・ 神様はムダなことをしない。各人に必要な試練を与えて、機を見計らって最適な役割を与えるものなのさ・・・」

 

景嗣「・・・・僕は・・・今は・・・悲しみの迷路から抜け出せなくてもいい・・・??」

 

社長「・・・そのままでいい・・・ いまは惰性でも構わない。『生』を諦めずに、人生を流れてみなさい。キミは俺と似ている。俺は『何も選ばなかったからここまで来たんだ、流れ着いたんだ』。俺の言ってることが真にわかる日がいずれくるよ・・・」

 

社長「最後に。俺には持論があるんや。『人生、プラスマイナス=ゼロ』や!! 俺は若い頃、惨めな思いや辛酸を舐めたマイナスの分だけ、今のプラスがあるって思うんや。いや、まだ足りへん!! まだまだ、『プラスマイナス=マイナス』や!! 若い頃の苦労をカバーできてないわい。まだまだプラスを頂き足りてへんわ!! まだまだ頑張りまっせ!!」

 

・・・・・・

・・・・・・

 

「プラスマイナス=ゼロ」・・・・

マイナスでしかなかった僕の人生・・・・

悲しみと徒労に咽び泣く毎日・・・・

 

惰性でも、このまま『何も選ばず』流れて行けば・・・

神様は僕をプラスに連れて行ってくれるのであろうか・・・

 

わからない・・・・

でも、むしろそれを信じることしかできないほど・・・・

僕は、無力だから・・・・

 

船のオールをムリして漕ぎ過ぎていたのか・・・

気づけば、僕の腕はパンパンに膨れ上がっている・・・・

どうしようもなく非力のクセに・・・・

 

もうヤメだ・・・・

波に逆らって、船を漕ぐのは性に合ってない・・・

 

何もかも、一切のモノを持つのを辞めて・・・・

 

何もせず、流れてみようか・・・・

人生という大海を・・・・

 

波に乗って、行き着いた先が・・・・

僕にとって、貴き理想郷であることを信じて・・・・

 

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

 

最後に・・・・

実は、今となっては、この社長は、僕の上司である・・・

社会に干されてしまい、歩く気力を失った僕を拾ってくださったのが、この社長である。

 

ある意味、無気力になり終焉を待っていた僕が流れて行きついた居場所、それを社長が用意してくださったのである。

 

・・・・・・・

 

僕が昨年の3月に、課長という役職を捨てて会社を思い切って退職していなければ、社長と出逢うことはなかった・・・・

僕が会社を辞めた足で、右目も見えないのに、少林寺拳法の道場に3年ブリに思い切って通うことをしなければ、社長と出逢うことはなかった・・・・

また、同じ3月に、社長がもう一度少林寺拳法を再開してみようと、思い立って道場に足を運んでくださらなければ、僕と出逢うことはなかった。

僕がその道場でチャランポランに不真面目に稽古をしていたら、社長が僕を見込んでくれることもなかった・・・・

 

偶然のような運命のような・・・・

「こんなにも合うのかね??」というくらい、絶妙なタイミングと絶妙な人間の巡り合わせを感じた・・・・

 

・・・・・・

 

「何も選ばず、ただただ無心になって流れる中で・・・」

 

「その道中で出逢った『縁』を、かけがえのない宝物と捉えて、後生大切にしていくことが、非常に大事である・・・・」

 

「今の僕は、それを強く感じるよ・・・・」

 

・・・・・・・・

・・・・・・・・

 

社長「景嗣くん、キミもバスケをやってみないかい?? 60歳でもさ、俺ならやれるような気がして、バスケを始めてみたんだ!! キミは身体能力が高いから、きっとハマるさ!!」

 

おぉうふwwww

僕はそもそも球技が苦手だし、右目も見えてないし、両目とも人工レンズを移植して、遠近感覚が皆無なんだが・・・・

・・・・いや

決めたんだ。

脱力して、流れに身を任せていくのだと・・・・

 

景嗣「・・・ちょいとやってみるかぁ」

 

抵抗するのはヤメだ・・・・

意地もプライドも何もかも捨てて・・・・

 

ただただ、流れて行こうではないか・・・・

以上

景嗣

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