終わりなき徒労ー闇に葬られし記憶 その1
どーも、景嗣です。
うーん・・・・
最近モヤモヤする・・・・
頭の中でコトバにならない思いがグルグルと巡っている。
僕が「闇に葬っていた記憶」・・・
それがひょんなことから目覚め始めたのだ・・・
本稿では、その思いを徒然なるままに言語化していこうと思う。
いつもと違って、話の着地点を全く考えていない状態からの執筆となる。
また、僕自身の過去の話が中心になりそうな予感がする。僕の成育歴に関心を持っていない読者にとっては至極退屈な稿になるであろう。
まぁ、暇であったなら、愚鈍な僕に付き合ってほしい・・・
先日・・・・
小学生時代の同級生2人と数年ぶりに会い、酒を飲んだ。
(「S君」、「T君」とでも表現しておこうか)
とても仲良しな3人組であった。
何気ない小学生のくだらないお遊びに関することをアホみたいにゲラゲラと話あっていた・・・・
ただ、その2人が何気なく言い放ったコトバが、ずっと僕の頭の中に滞留し続けていて、先ほどのモヤモヤの原因となっている。
T君「景嗣は当時、学校の試験の成績も学年トップで、塾でも試験の成績は学年トップでさ・・・ 身体能力も凄かったし・・・ どんな分野においてもトップクラスでこなせるイメージがあってさ・・・ しかも、景嗣の家に遊びに行ったらさ、大きくて豪華そうな家でさ・・・ なんか、『俺らがいくら欲しがっても手に入らないモノをいくつも兼ね備えていたイメージ』があってさ・・・」
S君「そうそう、弱点がどこかしらにあればまだ良かったものの、家に行ったら行ったで、テレビゲームもメチャクチャ上手くてさ・・・」
T君「正直、ある時期を境に、『景嗣にマウントをとられている (下に見られている) ような感覚』を俺らはずっと感じていたよなぁ・・・ いや、たぶん景嗣自身は、俺らのことをマウントとる気なんてサラサラ無かっただろうけどさ・・・・」
S君「・・・・うん・・・ 正直、その感覚は俺にもあったね・・・・」
T君「景嗣、学校や塾から『偏差値72の学校』を受験するように勧められてたじゃない?? 当時の景嗣なら、合格圏内だったのだろうけど・・・・ でも景嗣はその選択肢を蹴った。あの時、正直、学校中、塾中の生徒・先生らはみんな衝撃を受けたよねぇ・・・」
景嗣「・・・・・・」
・・・・・・
・・・・・・
読者諸君にとっては、大変聴き苦しい話かもしれん・・・
や、それ以前にまったく興味のない話かもしれん・・・
だが・・・
ここらへんの話は、まさに僕の人格が大きく歪曲した主な原因となった部分であるように思う・・・・
いつまで経っても、僕の頭の中がグルグルするのだ・・・
僭越ながら・・・・
少年時代、僕はあらゆる座学の試験でトップの成績を恒常的に修めている時期があった・・・
それこそ、学校や塾に受験を勧められていた学校の偏差値は「72」を超していた・・・・
全国模試を受けてみると、案の定、偏差値「70」前後の成績をとっていた。
さて、読者諸君は、この当時の僕のステータスを聴いて、羨ましく思うのか??
「羨ましい」だぁ??
ケッ、アホ抜かせよ・・・
思うに、表面的なことしか知らない脳天気ボーヤの思考だな。
むしろこっちが羨ましいぜ。
両親も、先公も、塾も・・・・
幼い僕に「数字」を求め続けた・・・・
「おお!! 偉いぞ!! 次はもっとイイ点数取ってきてくれよな!!」
これが、幼い僕にとっては『麻薬』みたいなものだった。
褒められるのが嬉しい反面、それは次回への期待値を上げる作用があり、余計に心理的プレッシャーになっていたのと・・・
「成績を落としたら、褒めてもらえない、愛してもらえない」という幻覚症状にも陥っていた・・・・
大学受験くらいにもなると、ある程度自我が発達しているので、「自分の目標達成のため頑張る」という形で健全な努力ができていたであろうが・・・
当時の僕が勉学に励むには、あまりにも幼過ぎたように思う・・・
今だから言える・・・
この頃の僕は、「大人からの期待という『まやく』にラ溺れていた」・・・・
そういった、快楽やら圧迫感やら不安感を抱き、精神的に激しく摩耗を繰り返す中・・・・
それと同時に・・・
同級生の僕に対する態度も変わった。
僕のことを名前で呼んでくれていた親友が突如、名字で呼ぶようになり、僕から距離を置き始めた・・・
おそらく、T君やS君の言う「マウント効果」であろう。
この「マウント効果」があらゆる方面で顕著に出てくるようになってきた。
成績の底辺層の人間は、露骨に僕をイジメるようになったし・・・
成績中間層の人間は、僕を敬遠するようになったし・・・
成績上位の人間は、僕を目の上のタンコブのように睨みつけてくるし・・・
・・・・
僕の周囲の人間もまた、幼過ぎたのだ・・・・
気づいたら僕は、所属するコミュニティーの中で「プライベートで心を許せる人間が誰一人として居ない」という悲しい状況になってしまった。
こういう悲しい状況に追い込まれたからこそ、なおのこと「大人からの期待という名の『まやく』」に溺れていったのだと思う・・・
精神の摩耗を繰り返し、人間不信に陥り・・・
やがて、「自分の殻に籠るようになった」・・・
「大きくて豪華そうな家」というのが、なおのことそれらに拍車をかけた・・・・
家が広いため、自分の部屋に閉じこもり、家族を含むあらゆる人間との関わり合いをシャットアウトすることもできた。
また、僕の兄が友達と遊ぶときには決まって、僕の家を遊び場にするようになっていたのを見て・・・
「バカな兄貴だな・・・ オマエの友達は『広い家で豊富に揃っているテレビゲームソフトで遊ぶこと』を目的にしているんだ。兄貴、オマエは下衆な人間に利用されてるだけだよ。ホントバカだな・・・」
そんな歪曲した見方をして蔑むように兄を見ていたこともあった。
だから僕は、安直に同級生を家の中に入れることはなかったね・・・
ただ・・・・
最も悲しい事実があって・・・
「僕は天才ではなかったんだ・・・」
「努力して、頑張ってようやくその成績を修めていたに過ぎなかった・・・」
「僕はその程度の人間に過ぎなかったんだ・・・」
僕はある時期を境に、成績が伸び悩むようになった・・・
「越えられない壁」のようなモノに出くわし、僕を苦しめるようになった・・・・
きっと天才ならば超えられたはずの壁であった。
だが、凡人に過ぎなかった僕にとって、その壁はあまりにも高くそびえ立っていた・・・・
大人から褒められるという『まやく』の快楽を得るには、数字を出し結果を残すことが前提条件となる。
その前提条件の達成が危うくなり始めた・・・
「ヤバイ・・・ 誰も僕のことを愛してくれなくなっちゃう・・・」
「禁断症状」が出てき始めた。
激しい焦燥感と不安感に押しつぶされそうになっていた。
「大丈夫や、塾を信じろ!!」
塾のそういったリップサービスも『禁断症状』を発症している僕にとっては「単なるプレッシャー」にしか感じなかった・・・
僕は成績を底上げするべく、その塾で平日は夜遅くまで。休日は朝早くから夜遅くまで、特訓を強制された。
僕に数字を取らせたがる大人たちによる指金だ・・・・
この当時の塾に籍を置いていた人間ならわかるかな??
『魔の第9教室』に独り幽閉され続ける生活をしていた・・・
だが・・・
やっぱり僕は凡人だった・・・
苦しい特訓を経ても、一向にその壁を越えられる見込みがなかった・・・
「僕はいつまでこんなことを独り寂しく続けなきゃいけないの??」
『禁断症状』がドンドン悪化し・・・
プライベートの生活では、「マウント効果」によって常に孤独で、むしろ他者から攻撃されまくってて、心の拠り所となってくれる者が皆無で・・・
他人はモチロン、自分にさえも疑心暗鬼になっていき・・・
ついに・・・・
何かが爆発した・・・・
ある日、幽閉されていた塾の「魔の第9教室」を抜け出し・・・・
「ガッシャーーーーーーーン」
塾の門のガラス部分を拳で大破させた・・・・
拳は血だらけ。
幸い、傷跡が残る程ではなかった・・・
まもなく、僕は大人たちに取り押さえられた・・・
この一件で・・・
僕の中に燃えていた・・・
妖艶な炎が・・・
燃え尽きた・・・
何もかもがどーでもよくなった・・・
もー、ホントに何もかもがどーでもイイ・・・
僕は、当時学校からも塾からも受験を勧められていた、偏差値「72」の学校の受験を辞退し、楽な進路に変更した。
学校の先公からも、塾からも、かなり説得を受けたが・・・
もうホントにどーでも良くなった。
僕は大人たちの提案を一切受け容れなかった。
そして・・・
ここから僕の気性は荒れ狂う・・・
人間的にドンドン壊れていく時期を経験した・・・
(この話はこの話で闇に葬っている・・・今は呼び起こすときではない・・・)
・・・・・・
・・・・・・
うーん・・・・
とりあえず、あらかたのエピソードを話し終えた・・・
そろそろ結語に入ろうか・・・
そう思っていたら文字数がエゲツナイことになっていた・・・
本稿を「その1」と位置づけて、次回に「その2」を投稿することにしようか・・・
かつて、闇に葬り去った記憶だったのだがね・・・
どうかじっとしておいてほしかった・・・
続く
景嗣
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