「ドS的ドM論」ー 心理戦の極地 その1

どーも、景嗣です。

 

さて、今日は哲学的な話をしよう。

 

すなわち、「ドS的ドM論」について語る。

 

以下に話すことは、あくまで僕の持論である。参考程度に見ていってほしい。

 

 

人との会話や戦闘を通じて、何となく心の中で密かに思っていたことがあって・・・・

 

 

「マゾヒストというのは、その嗜好の度合いが濃厚になればなるほど、その精度は研ぎ澄まされ、『意図的・戦略的マゾヒスト』になる。やがてその性質は、皮肉にもサディストに限りなく近づく・・・ 」

というものである。

 

・・・・

「マゾヒスト」というのは、およそ、物理的心理的な作用を問わず、「外部からコミットされることに悦を覚える個体」を指すように思う。

マゾヒストは隠語として、ときに「M」という表現で言い表され、その嗜好の程度が強い場合には専ら「ドM」と表現される。

 

「サディスト」というのは、マゾヒストの反対概念である。およそ、「外部にある有形無形のモノに対して、何かしらコミットしていくことに悦を覚える個体」を指すように思う。

サディストは隠語として、ときに「S」という表現で言い表され、その嗜好の程度が強い場合には専ら「ドS」と表現される。

 

俗世では、主に性的な嗜好について語るときに、持ち出される用語であるが、上記用語の説明からすると、それらが適用される範疇は思っているよりも広いと考えていた方がよい。

 

簡単に言ってしまえば・・・

「影響されることに悦びを感じる」のが「マゾヒスト=M」であり

「影響することに悦びを感じる」のが「サディスト=S」である。

 

 

包み隠さずに申し上げると

僕、景嗣は

とんでもない「ドM」である←wwww

 

胸を張ってもう一度言っておく。

僕は、とんでもなく「ドM」である←wwww

 

悪いが、道楽で「僕はMっ気があるかも」とか甘っちょろいことを言っているのは、思うに軟弱者である。

そのような軟弱者とは比にならないくらいに、僕はドMであり、ドMであることにある種の誇りさえ抱いているのだ←wwwww

 

・・・

変態トークが燃え上がる前に話を展開させようかwwww

 

まぁ、人間関係でいうと、わりとイジられるのが好きなタチである。

 

「景嗣はホンマ〇〇やのうーーwww」

「なーにを仰ってるんすかwww それはぁー・・・」

 

先輩からのイジリに対して、目尻にシワを寄せて対応することが多いwww

先輩だから気を遣って演技しているわけでもない。

純粋に何だか愉しいのである。

 

人生26年・・・ 「外部から何かしらの影響を受けることに本能的に悦を覚えている自分」が居ることを受けて、ある疑問を抱くわけだ・・・

 

なぜ僕は、「ドM」として振る舞うことに悦びを感ずるのか。

その根本原因の所在は何であるか。

問わねばならない・・・・

 

こういうようなニュアンスの感覚を、言語化することなく日々悶々と考えていたのだ・・・・

 

この問いに対する自分なりの解答に辿り着くためのキッカケは、意外にも武術の稽古の中にあったのだ・・・

 

経験則であるが

組手や乱取など、武術における戦闘スタイルというのは面白いもので、己の中にある潜在的な意識・行動原理が滲み出てくるものである。

例えば、一重に説明するのは難しいけれども・・・

 

「相手の間合いを自分のペースで操作したがり、相手の手が詰んだときに一気呵成に攻め込んでくるタイプ」の拳士がいたとする。

そんな彼らの日常生活は・・・

仕事では、自分のイニシアティブで業務課のマネジメントを行い、他者に自分から関わっていくスタイルが多い。

また、異性との経験値も豊富であることが多い。ゼロベースで自分からコミットしていくというパターンが多いのが功を奏すのであろう。

 

このように、各拳士の戦闘スタイルから、その拳士の潜在的な意識・行動原理を類推することが可能であるように思う。

 

 

そんな僕の戦闘スタイルは・・・

まず原則として、「ゼロベースで自分から相手との間合いの操作を行い攻めていくことが苦手である」

結構、相手に待たれている状態が苦痛である。

 

ただ・・・

「相手が間合いを操作しようと目論み攻め立ててくるシナリオを崩してチャンスをつくるという、『相手に考えさせて、その考えを利用し、自分を優位に置く』というスタイルが多い」

 

例えば、

流れの中で、相手が蹴り・連攻撃の間合いに持っていくのを探知し、それより先に自分も動いてその間合いを潰す。

相手は虚を突かれビックリする。いつの間にか、近めの突きの間合いに転じているからだ。

相手は、近づいてきた僕の上段に意識を持っていかれるし、なおかつ距離が近いので、本能的に上段突きを出してくる場合が多い。

僕はそれを見逃さずに、相手の意識の埒外にある懐に潜り「ガラ空きの中段に突きを放り込む」のである。

まぁ、いわゆる「虚実を用いた抜き胴」である。

(上記のシナリオは、あくまで一例に過ぎない。その他には、上段に対する連攻防の流れの中で放り込むなど、「虚実を用いた抜き胴」のシナリオは実に多岐に渡る)

 

あまりにも攻めが強すぎる人と手合わせすると一方的にボコボコにされ、非常に恥ずかしい思いをするのだが・・・

僕と相性のイイ相手だと、中々気持ちよく翻弄されてくれる。

一度「景嗣さんは、ウナギみたいです。捕まえようとしたら、こっちが疲れます」と言われたこともある。

 

 

もう、おわかりだろうか・・・・

僕の潜在意識・行動原理は・・・

「自分のイニシアティブで物事をゼロベースからつくるのではなく、相手に考えさせるように仕向けて、その考えをイイ方向に利用し利潤を獲得しようとする」ものである。

クリエイティブさに欠けるものの、相手の提示した考え方に発想の転換を与え、結果的に議論を実りあるものにするのが得意である。

ただ、異性との付き合いは苦手だ。自分からコミットしていくことはまずない。人生26年、自分から女性に告白したことがない (異性とのお付き合いがゼロということではないぞwww)。

 

これは一見して、なんら当たり障りのない人間の性質であるように見えるが、前述「ドS」「ドM」の観点から分析していくと、非常に興味深い示唆が得られる。

すなわち・・・・

 

自分から動くのが苦手で、相手が主導して自分に何かしらの影響を及ぼしてくれることを欲するも・・・

自分と相手とのやりとりの中で、自分の利潤を最大化できる瞬間を見計らい相手を出し抜こうとするわけだ・・・

 

「相手が自分のことを操作しようと躍起になっているシナリオを、自分が主導権を握り操作してつくるのである」

 

わかりにくいか??

言い換えよう・・・

 

「サディストがマゾヒストを操作しようと躍起になるシナリオを、マゾヒスト自身のイニシアティブで操作して創るのである」

 

さて、ここにきて、「ドS的ドM論」の本質に迫りたい。

 

洗練された「戦略的なマゾヒスト」というのは・・・・

「マゾヒストにコミットしたい」という、サディストの欲求を逆手にとって、サディストを掌の上で踊らせるのである。

 

「サディストを上手く操作したい・・・・」

この瞬間、戦略的なマゾヒストというのは、その実、紛れもなく、「サディスト」の性質を色濃く帯びるのである・・・

 

不思議な話ではあるが・・・

マゾヒストを極めし者は、サディストに辿り着くのである・・・

これは、一種のパラドクスではあるものの、モノゴトの真理を突いているように思えてならない・・・・

 

 

さて、文字数がエエ感じになってきた・・・

まだ、稿としては中途半端な仕上がりのように思うので、本稿を「その1」として、次回「その2」を投稿することにしよう・・・

 

何を隠そう・・・

僕は戦略的ドMなのである・・・

ドSの欲求を逆手にとることを悦とする・・・

続く

景嗣

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