少林寺拳法 型 天地拳第二系

どーも、景嗣です。

 

なんか久しぶりになってしまった・・・

 

今日は、少林寺拳法の型、

「天地拳第二系」について、思うままに書いてみよう。

暇だしwww

 

以前、景嗣放浪記において、天地拳第一系を取り上げさせて頂いた。

よければ以下リンクを参照されたい。

少林寺拳法 型 天地拳第一系

まぁ、型の教え方とて、道場ごとによって少々異なる部分もあるし、僕自身がイイお手本になる型を完全にできるわけではないが・・・

まぁ、気が向いたので少しばかり、記事にしてみようと思ったのだ。

今日も「イカれた思想家」に少しだけお付き合い願いたい。

 

まず、八方目より、右足引足し、左前一字構で用意する。

八方目とは、簡単にいうと、視線と向きは正面を向きながらも、視界全体に映るあらゆるモノの動きに対応できるような目使いをすることである (視線を動かすことなく、だ) 。

「八方」と書いてあるだろう。多分、達人レベルになると視界に映らないモノの動きについてもしっかり反応できるのであろう。

(生憎、僕はそこまでのレベルに達してない・・・)

 

以下、号令・・・

 

(1)(2) 左前千鳥にでて左拳横振突、左拳胸前 → 続けて右拳中段逆突、右拳胸前

 

左斜め前方に運歩を行い、上段振突を行う。

相手の顔面にある急所、三日月(アゴの横)、あるいは三合ないし四合(コメカミあたり)を目掛けて、平拳(四指の第一関節から第二関節にかけてまでの外側)を用いて、打撃を行う。

また、有効な打撃を行うべく、振り拳にスナップを利かせてしならせながら、胸前に引いていくイメージを持つとイイ。

 

ただ、動画では、それを意識しながらも、少し三合よりも高い位置を突いているように見える・・・ なおかつ、振突きのスナップも甘い・・・

ウーン、型とは相手がいない分、難しいのだ。

 

ほんで、号令は、「1,2」の連続でかかるので、身体を柔らかく使って途切れることなく、中段逆突きを行う。

 

1,2だけでなく、各突きにおいて共通することだが、突かない方の拳は胸前に構え置く。相手の連反攻にいつでも対応せねばならないからだ。その趣旨を常に念頭に置くとイイ。

個人的には、拳は胸前で「八方目で視界の端っこに、拳が入ってくる位置」に置くのがイイと思う。

 

また、「振り子」によって、重心を前足に乗っけよう。そして、後ろ足をフリーにして、踏み込んだ分だけ後ろ足を前に移動させ、足幅が常に一定になるようにする。

(細かいことを書きすぎるとホントにキリがない。そこまで詳しく書いても仕方無いように思う。あくまで思想家の戯れ程度の手記で終わらせたい)

 

 

(3) 体を右に開いて、平馬立ちになり、右拳打上受け、左拳横鈎突

身体を右に開くという表現がある。左前構にある自分の身体に関して、左半身をヨリ前方へ、右半身をヨリ後方へ移動させる。そうすると身体の右サイドが「開く」だろう。

ポイントは腰を起点に「帯の結び目を時計周りに廻旋させる意識」で開くとコト。

突きと受けにインパクトが生まれ、高い効果が得られる。

 

平馬立ちって、一系で説明したっけか??

要は、「馬に跨る姿勢」である。

むやみやたらに、足を広げないこと。

金的を蹴られる・・・

なおかつ、膝はしっかり曲げましょう。

 

ここからが難しい。

打上受・・・

我の右手で「カギかっこの片方の形」をつくり(手はグー)、上腕を上方へ持ち上げる。その際、腕刀全体が顔の前を通るようにして、頭のてっぺんに拳が乗るような動作を行う。

遊んでいるわけではない。

相手との間合いが近い状態で上段を突かれた時、内受や外受では到底処理しきれない時の有効な対応法だ。

相手から伸びてくる突きを、しゃがむことで的を外し、相手の脇下に潜り込むようなイメージを持って距離を操作する。

前述右手の動作をつけながら、相手の突き手の手首あたりを自分の打上した拳の外側手首で制するイメージを持つとイイ。

 

さて、鈎突・・・

近間で相手の脇下に潜ったうえで繰り出す鈎突。

実は一系で行った、外受した後の鈎突と本質的に違う。

近間で繰り出された上段直突きを打上受でかわし、相手の脇下にもぐるわけだ。相手と自分との位置関係は相当に近接していることを留意されたい。

 

まず、横方向のフックの表現がそこまで必要ない。腰の回転を用いた横ベクトルの拳線さえあれば、鈎突が横三枚にジャストフィットする。

また、打上受した後の我の左拳と相手の横三枚との距離は近い。動画では腕を伸ばしてしまっているが、実際は左肘は我の前三枚に置いた状態で腰の回転で稼いだ距離だけで十分届くように思う。

思うにこれは、相手のいない型ならではの難しさである・・・

 

(4)(5) 右足差替えて、右拳前位置より上段直突、左拳胸前 → 続けて左拳中段逆突、右拳胸前。

右足差替え。細かいようだけど、一度左前足に寄せ足して、運歩しよう。コンパクトかつ正確な運歩がパフォーマンスのカギを握ります。わりと。

 

上段直突の前って、胸前で合ってるよな・・・

や、先生の中には「打上した位置から右拳を後ろの方に振って、輪を描くように拳を前方に持っていき、突きを入れる『輪突き』をしなさい」という先生もいた。

演武の点数でどうなるかは気になるけれども・・・

僕は正直、細かいことは気にしない。

要は、実践を行った時に理に適っていれば何でもイイとさえ思う。小さいことを気にせず、当人らが「これっ!!」と思うものを自信を持って教えればイイと思うのね。

この「輪突き」だって、実践において利点があるならアリだと思う。

とにもかくにも、一辺倒に「僕の知ってるのと違う!! ダメだ!!」と言わずに、相手の話を聴いてやるほうが建設的だ。

自分の学びになる。

(「輪突き」、僕はしないけどね・・・・)

 

ほんで、左拳中段突。

これも、号令が「4,5」の連続なので、連攻撃で滑らかに途切れることなく動くのが肝要だ。

あ、さっき言い忘れてた・・・

上段、中段はしっかり突き分けよう。

相手が目の前に居れば、自ずと上段中段の突き分けはできるけれども、意外にも相手が居ないと難しい。

やってるように思ってても、動画で撮って初めて、客観的にはできてないことに気づくことも多い・・・・

ウーン・・・型とは難しいのう・・・

 

次も難しい。

(6)(7) 左足より順退がり、左拳外受、右拳内受打落受を行う (この一連の受けを「仁王受」と言う) → 仁王構のまま右足蹴上を行い直ちに復位。

簡単なように見えて、細かく言い始めると、止まらん箇所のうちのひとつである。

共通するのは、どの受けも顔面を守るので、顔の前を通過させるように動作を行う。

これ、一見すると、解釈様々だと思う・・・

 

K-1やらフルコン空手やら、上段廻し蹴りが来ると仮定する。

左右の腕を「同時に」用いて、上段廻蹴りを受け流して落とす受けを想像する人も多いと思う。

 

ただ、少林寺拳法での想定は・・・

近くなった間合いからの、相手による上段直突きである。

そのための順退がりであり、この考え方に基づく受けの形を想像するのがイイ。

 

よく耳にするのは、「二段構えの受け」である。

外受だけでも相手の直突を流せる心積りで居ながらも、タイミングの遅れやら諸々の事態にカバーできるように、内受打落受を付けるという考え方だ。

この考え方でいくなら、左右の受けについてタイミングをズラしてもいいかもしれない。

 

ほんで、打落受の部分・・・

これもイロイロ考え方あると思う。

「打落受」ということで、下方向に極端に落とした方がイイかもしれない

(僕の場合、蹴り上げる瞬間の弾みで手が自然と落ちる。これを打落受としたい・・・もう少し打ち落とした方がエエかぁ)。

 

(8) 右足開退がり左手下受より一字構になり残心

(9) 右足前寄足、結手立、調息、八方目。

 

ウーン・・・

「残心」ってのがある・・・

一言で説明するのは難しいけども・・・

お互い、合掌礼して演武をするわけやけども、淡々と演目を消化するんではしょうもない。

 

結局、演武とは言え、相手は自分を殺しに来るわけだから、蹴りから始まる演武であっても、ボーッとしてうっかり突きの間合いで居ついてしまえば、相手は顔面をド突きに来るだろう。

また、演目が終わって、お互いある程度距離をとっていたとしても、ボーッとしてたら、相手はたちまち己を倒しに来るだろう。

 

要は、「いつ何時も相手の狂気に対応できるような心積りをすること。文字通り、『心を残す』のだ・・・」

 

最近、子どもを指導してて思うのが・・・・

技をダラダラとするだけ。終わったら、ボーッとしてることが多い。

そういう子らには、一回一回「残心」するように注意するんだけれども、一向に直らない・・・

 

まるで「突きが出鼻に直撃したときに、鼻の形が変形し、とんでもなく痛む。あるいは突いた側の拳がジンジン痛む。こういうことを経験的に全く知らないかのように・・・」

 

僕のガキの頃は、しょっちゅう喧嘩に明け暮れていたけど、今の子は野蛮なことはせんのだろうし、昔と比較して過保護に育てられているのかもしれん。

 

相手と拳を交えることの緊張感をまるで感じていない様子である。

 

ウーン・・・

防具付けさして乱取させて、多少痛い思いをしてもらうのもエエかもしれんのう・・・・

 

 

・・・・・

以上が天地拳第二系の概要である。

念を押すが、この記事はあくまで「イカれた思想家の戯れ」にしか過ぎない。

一般的な拳士たちの参考になりきれるかどうか怪しい部分もいくつもあろう。

それを踏まえたうえで、見流してくれたならば幸いである。

 

さてさて、次はいつ「天地拳第三系」を紹介しようか・・

以上

景嗣

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