心の成長?退化?-地元の花火大会を契機に-

どーも、景嗣です。

 

やー、ブログを書くのは本当に久ぶりですなー。

俗世であれこれやっていると文章・ネタが思い浮かばなくなるんだよなぁ・・・

俗世に入り浸ると、こっちまでアホになってしまう。

やれやれだわ・・・

 

最初に言っておく。いつもどおり辛辣な言葉であれよこれよとキツく包み隠さずに申し上げている。

気分を害する者も大多数出てくるかと思うが・・・

僕なりに最後に「コレ!!」という、本質に迫るオチをつけている。

せっかくこのブログに訪れてくれたんだ。どうか最後まで見ていってほしい・・・・

 

さて先日、僕の地元で花火大会があった。

僕の地元で毎年花火大会が催される。

昔からずっと催されている伝統的な行事である。

僕は今年で26歳になるんだけども、幼いころからこの行事は催されていて、それこそ20数年前から僕はこの花火を毎年見に来ている。

ありがたいことに、親が別荘 (マンション) を所有してて、そのマンションの前を陣取って花火を見られる。

イイ眺め、かつ無料である。そらメンドくさくても毎年別荘に見に行くわけである。

(僕の大学院の同僚、ドギーマンが「景嗣さんの別荘?? 職場のことですか??」とジョークを吹っ掛けてきたwww バカ野郎、「社畜とは違うのだよ!! 社畜とは!!」wwwwww)

 

この花火大会も毎年進化していて、全国区に知れ渡る程大規模な花火大会として認知されているようだ。

今年の花火も「技あり手数あり」、様々な技術的工夫のあるものだったと思う。

 

まぁ、今年もこの花火を見終えたわけだが・・・

20年間毎年この行事に参加することを経て、ひとつ思うことがある。

 

「この素晴らしい花火を見ても、何も感じなくなった」

正確にいうと

「この『素晴らしいと一般的に称されているらしい』花火を見ても、何も感じなくなった」

 

何が言いたいのかと言うと・・・

この花火も毎年進化しているわけだ。最後の花火の連打の迫力も凄かった「らしく」、僕の後ろにいた俗世間の民共はみんな拍手喝采であったのだ。

それに比して、僕は「気づいたら終わっていた」という感じで、顔色一つ変えずに、別荘の片付けに入っていた。

俗世間の民共が心震わせ拍手喝采せずにはいられない素晴らしい作品に対して、僕自身は何らの感情も抱かなくなったということである。

感動もない、怒りもない、喜びもない。

ただ、寂しさは少しある。悲しみとまではいかない程度の、だ。

「こういう状態になるまで、心が無くなったのか」と思うわけだ。

 

毎年苦労してこの花火を作っている花火師や運営側の人々に対して申し訳ない気持ちもある。毎年例年にはない技術を考え取り入れ実践しているのは正直称賛に値する。

「それなのに何も感じなくて申し訳ないな」と。

 

おそらく、世間話に巻き込まれて、「先日の花火、どうだった??」と俗世の民に聞かれたら、きっと僕は例年の花火と比較して技術的に変化した部分を殊更取り上げて、お道化てひたすら感動した演技をして盛大に先刻の花火のことを語るであろう。

 

ぶっちゃけ、僕の心は全く浮きも沈みもしていない。

花火の関係者各位、大変申し訳ない。

ホントに何も感じないのだから仕方がない。

読者各位、随分興が冷めてしまっただろうか。

不感症の僕が全部悪いのだ。僕のことを盛大に非難してくれたまえ。

ただ、もう少しだけ愚かな僕に付き合ってほしい。

 

その昔は、毎年の花火を数日前から楽しみにしていて、当日は心躍ったものである。

悲しいかな、今となってはその時の心躍った感情を思い出すことができない。

あの頃は家族みんな仲良くて、楽しかったのに。

寂しい。寂しいよ。

 

人生25年、随分歳をとってしまった。

「大人になる」とはこういうことを言うのだろうか??

以前心の奥底から感動していたものに対して、何らの感情を抱かなくなるほどまでに感動しなくなるのかと。

何だが、楽しいものを見に行ったつもりが、切なさだけが僕の胸を締め付ける結果となった・・・

 

大人になればこのような心持ちになるのは必然か??

いや、思うにそれは違う・・・

 

高校生、大学一回生くらいの頃は、「他人が自分のことをどう見ているのか」が気になったりして、オシャレに力を入れてみたり、ワックスやらスプレーやらを駆使して髪の毛を遊ばせてみたりした。

恥ずかしい話、「少しでも、女の子にモテたらイイな・・・」とか「友達が増えたらイイな」とか考えたりして、しょうもないことで心躍っていたな。

 

だが・・・・

色々あった・・・

 

僕はどれだけ着飾ったとしても、無条件で社会に受け容れてもらえない「無価値な存在」であると確信したとき、「それはもはや無意味な思考である」との結論に至った。

「どう足掻いても、人間は僕を良いようには見ない。人間はむしろ良いようにみているフリをして僕からイロイロと引き出し終えた後にバッサリと僕を吐き捨てるに違いない」とさえ思うようになった。

「自分の無価値さ」ゆえに、周囲の人間を心底信頼できなくなった。

どうせ悪いようにしか見てくれないのだから、意味がない。意味がない。着飾るなぞ、金のムダ、金のムダ。

丁度そのころか。僕は大学1回生後半から25歳の今に至るまで、髪の毛をセットするのを止めた。毎日朝シャンのあと何も手を付けず外出していた。

(↑これはマジである)

 

それからというもの、僕のスタンスは「傍らに人無きが若し」。文字通り、「傍若無人」の振舞いをするようになった。

優しくしても仇で返されるに違いない。着飾っても歪曲した見方で僕を酷評するに違いない。意味がない、意味がない。

むしろ、周囲の人間なぞ「最初から居ないもの」と割り切って、最初から存在を消している方が、変に関わるよりは気持ちがイイ。

現在に至るまで、そのような思考が頭から離れることはなかった。

やがて、僕の視界に入るものの全てが、僕の心を震わせるものでなくなった。

 

薄々は気付いていたよ・・・

「自分の存在価値を諦めるのに比例するように、周囲の景色の色がドンドン灰色になっていくことを・・・」

 

僕より年上の人が若々しく見えるのはきっと・・・

「その人自身が自分の存在価値を高く見積もっていて、自信満々でいるから」なんじゃないかな。

 

少林寺拳法の道場に来ている中小企業の社長HD拳士、御年60歳のわりに昔やっていた少林寺拳法を再開して「数十年ぶりに大会に出よう!!」とか言ってみたり、「昇段試験を受けよう!!」とか言ってみたり、「60歳になってバスケットボールを始めたんだ。何だか俺ならやれるような気がしてさ!!」とか言ってみたり。

年齢に反して僕に無い精神的な若さと行動力を持っている。

羨ましいよ。ホント。

そんな元気、僕には無いよ。

(誤解しないでほしい。彼は必ずしも順風満帆な生涯を送ってなどはいない。むしろ若い頃はとてつもない苦労人であった。上記の発言はすべて僕の甘えに他ならない。盛大に僕を非難してくれ)

 

僕自身・・・

「人生、大事なポイントで盛大に転んで、真っ逆さまに転落。もはや何も期待しない、できない。後は余生の適当な生活費をその場しのぎで稼いで、そう遠くはない死を待つだけ・・・」

自分には、もはやそれ以上の価値を見いだせない。

「自分自身の評価が低くなるに連れて、周りの景色の色がドンドン薄れていく・・・」

僕の目から見た世界は、もはや「灰色の廃墟」の列なのだ。

 

「弱冠25歳の老人、景嗣」

「御年60歳の若人、HD拳士」

 

両者の決定的な違いは・・・

「己の可能性をどれだけ信じることができているか」

これに他ならない。

 

HD拳士、出逢ってまだ数カ月しか経っていないけど、「薔薇色の宮殿」で戯れるアナタの背中から色々と教えられたよ。ありがとう。

 

そして・・・・

「景嗣くん、その態度は本当にエラそうに見える。頼むから止めてくれよ・・・」

「え?? なぜ??」

傍若無人の限りを尽くしてきたツケが返ってきた。

「灰色の廃墟」に入り浸り過ぎて、自分の何が悪いのかの判断、何故他人はそのように解釈するのかの区別さえ付かなくなってしまった。僕の心はとっくに周囲の動きに追いつけなくなった。

今になって、人間として当たり前のことさえできない異形に堕ちぶれてしまったようだ。ホント悲しい・・・・

 

すべては・・・

己の可能性を信じることができなくなった己自身に起因する。

悪因悪果、因果応報。先人よ、全くもって言い得てである。

 

嗚呼・・・

僕が生まれたときからこの世界が虚無そのもの、右も左も見渡す限り宇宙空間みたいな虚無が広がっていて・・・

僕自身も肉体を持たない思念体であって・・・

その他の思念体・生物が一切存在しない空間であったならば・・・

こんなにも寂しい思いをせずに済んだのかな・・・

こんなにも苦悩せずに済んだのかな・・・

 

この世界は、「灰色の廃墟」ばかりが広がるわりに・・・

物音がうるさすぎるよ・・・

疲れる・・・

 

そういえば、HD拳士・社長は言っていたな・・・

「『突然』なんだ。自分の行動に推進力・勢いがついてさ。気づけば大抵のことが何とかうまく行っちゃってるんだ。これはね、本当に『突然』なんだよ!! 景嗣くんは若いんだから、まだまだこれからだよ!!」

 

なるほど、「灰色の廃墟」が「薔薇色の宮殿」に変わるのは、案外『突然』らしい。

 

さて、そうなるまでに「どれだけの期間、己の可能性を捨てることなく持ち続けなければならないのだろうか」

 

僕にはまだわからないなぁ・・・

裏切られた時にショックにならない程度、そうさなぁ・・・20%くらいの期待を込めて、心待ちにその時を待っておくとするか。

以上

景嗣

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