もしかしたら「人間からオーラが出てるんじゃね??」という説を考えることを端緒に

どーも、景嗣です。

 

最近やることが多すぎて、ブログ更新にまったく手が付かなかった。

1週間ほど、ブログ記事執筆をサボってしまい申し訳ない。

 

さて、最近よく人に会って、面と向かって話したり交渉したりする機会が多くなったわけだけども・・・

 

全然人と会っていない日と比較して

「その日に感じるストレスが大きい」

 

や、別に相手方にブチギレられたりとか、イヤミを言われたりしたわけでもない。ただただ普通に俗世の民たちがタムロする場所に入って、たくさんの人と面と向かってコミュニケーションをとるだけなのだが。

僕の体感的に、そういう日の終わりには多かれ少なかれストレスを感じることが多い。

 

誰も見ていないところで、メチャクチャ溜息を出したり、舌打ちをすることが多くなる。何度も言うが、別にその日にイヤなことがあったわけでもない。ホントにただただ人間と会って話をするだけだ。

 

思えば、学校やら会社やら。そういった大勢の人間が集まるコミュニティーの中に入り、人間と話をしていくという状況に置かれると、決まってストレスを感じていたっけか。

 

こういう現象があることを告白した場合に、その原因に関する仮説は様々に立てられ得ることが考えられる。それこそ、百人いれば百様の解答があろう (僕はこの時点でいくつか仮説を立てている) 。

また、必ずしも原因を一に特定することもできないと思う。複数の原因と条件とが複雑にミックスされてそのような現象が起こっている場合が往々にしてある。その原因が在ると考えられる状況であったとしても、その現象が起こる場合と起こらない場合があるのを考えると分かりやすい。

 

「人間が集まるコミュニティーの中で、人間と向かい合って対話していくことにストレスを感じる」という現象について、つぶさに見ていくと、結構色んな視座からの分析が可能であるように思う。

 

今回は、この現象について、僕、景嗣がパッと思いついたこと、面白いネタになりそうなことを徒然なるままに書き記すだけにしようかと思う。なるべく、考えられ得る各原因のすべてに共通して言えそうな事柄を取り上げるように努める。

あくまで僕自身の感覚的な問題だ。( ´_ゝ`)フーンくらいの気分で温かく見流していって頂きたい。

 

 

 

いやさ・・・

人間ってさ・・・

なんか「オーラを出しているんじゃないか??」と思うわけ。

 

 

( ゚д゚)ポカーン ( ゚д゚)ポカーン ( ゚д゚)ポカーン

 

 

「景嗣・・・ついにドラッグに手を出したか・・・」

いやさ、僕の頭がオカしいのは元からであろうてwww

ドラッグなんぞ使わなくても頭のオカしいことは昔から言っているわい。

(服用している薬なんてな、せいぜい「痒み止めの薬」くらいやわwww)

僕はいたってマジメに当該現象における原因を特定せんとしているのだ。

 

話は戻るが。

「人間は意識的・無意識的に内なるオーラを外界に滲みだす、あるいは射出しているのではないか」

そのオーラと言うのは、自分が出すオーラと相手の出すオーラが接触し合ったときに何かしらの作用 (物理的・心理的問わず) を引き起こし得る類の性質を持つモノと考えて頂きたい。なお、オーラの種類は各人各様であり、その作用はプラスもあればマイナスもあり得る。

 

「人間が集まるコミュニティーの中に、自分が入り混じる」というのは、様々な種類のオーラが乱立するフィールドに自分が飛び込むというに等しい。その中で、自分のオーラが無意識的に不特定多数の人間のオーラに晒されることになる。

 

「人間と面と向かって話す」というのは、自分と相手、お互いが注目し合い、自分の持ち得るオーラを無意識的に高密度のモノにし、相手のオーラに至近距離で射出するわけである。お互いの高密度なオーラを接触させ合うとき、そこにはただならぬ作用が生じることが予想される。

 

感覚的な話に終始してしまい、大変申し訳ないが

例えば、相手に予想以上に距離を詰められて、無意識的に嫌がって、近づく相手から遠ざかるように退くことがあるだろう。

また、お互いに向かい合ってテーブルに座り、話し合っていると、あるときを境に何だが胸から喉元にかけて焼けるように熱くなるときがあるだろう (たいていの人間はこういう感覚を得た後に、『後付けで』「あの人は嫌な人だ」と決めつけたり、「あの人のこういう言動が僕のポリシーに反した」とか、最もらしい理由を付け加える。あくまで『後付けで』だ)

武道でいう「間合い」なんてのは、僕のいうオーラの最たるものだと思う。相手が自分の適正間合いを翻弄してくる度にこちらの神経が連動して敏感に反応する。無論、こちらも相手の適正間合いを翻弄する。おそらく相手の神経も敏感に反応していることだろう。間合いの読み合いをする際には、このような敏感な相互作用が生じる。

 

きっとそのオーラってのには相性があって。

お互いのオーラを接触させ続けたときに、プラスに振れる場合もあればマイナスに振れる時もある。それは、各人持ち得るオーラの種類と、自分と相手との相性なり、あるいは接触時の状況なりに依存するところがあるのかもしれない。

 

前述のとおり、僕の経験上、自分と相手とのオーラが接触し合うときに覚えるのは、たいていの場合「不快感」しかない。上記で示すところの「マイナスの作用」である。

(そもそも、僕はたいていの俗世の人間が大嫌いだ。そういう刷り込みも多分に影響しているかもしれん。オーラだけの話でもないかもしれん)

 

武道の場合におけるオーラの接触 (間合いの読み合い) は不思議だ。練習の後は必ずその相手と仲良くなる。お互いのオーラが接触し続ける事例において「プラスの作用」を引き起こす数少ないパターンである。ホントに不思議だ。

 

 

・・・ということを最近ボンヤリと考えていた。

俗世のヒトは、「景嗣、まーた頭のオカしな言論をしている」と、僕のことを謗るだろう。

まぁ、なんとでも言ってくれ。

 

ただ、バカげた仮説であっても、種々のあらゆる方法論、研究手法を用いて、「人間が内から滲みだす、あるいは射出するオーラ」なるものを、共通認識化させることをわりとリアルに考えてみてもいいかもしれないよ。

 

現代に当たり前に使われている技術であっても、その技術の実現可能性を示唆する学説が台頭する前のはるか昔の時代では、「バカげた妄想」やら「夢想家による現実離れした食えない理想」と吐き捨てられていたことだろう。

AI・自動化・ロボット化。その昔、あり得ないと思われていた技術でさえ、あと一歩で一般市場に出回り、社会生活の中に普及していくという局面に来ているのだ。

 

こういう時代にきて、いまさら「在り得ない」なんてことは滅多にないんじゃないか??

 

人間の放つオーラの存在が科学的に証明されるのはもう少し先の話かもしれない。仮にその存在が証明されたと仮定して、そのオーラを検知し可視化する技術が普及していくのはさらに先の話かもしれない。

この研究が進めば、各人のオーラの接触によって引き起こされる人間関係の悪化など、感覚的な社会問題の解決の糸口にもなるかもしれない。

また、オーラを人工的にコントロールすることに成功したならば、いわゆる「念動力」やら「サイコキネシス」やら、SFの世界の中での現象も体現させることもできるかもしれない。

 

的を射ている、射てない関係なく、

こういうことをイチから仮説をたてて、想像していくのって面白い。

 

人類の文明は急スピードで発展していっている。

正直、上役からの命を受けて、それに盲目的に従うだけの、機械作業的なことしかできない人間なぞ、存在意義がゼロになる時代だ。

んなもん、AIやらロボットに任せれば足りる。むしろ4M (material、machine、method、man) のうちのmanのリスクを減らせる分、人間に居なくなってもらった方が生産リスク低減に寄与する (生産不良の原因を辿るときに最も厄介なのがmanだ。人間さえ取り去ることができればメンドクサイことを考えなくて済む) 。

 

そういう時代だからこそ

どんな些細なことでもいいから

AIやらロボットみたいな「既存の設定データ」の範疇でしか行動できない、というのは辞めて

「突拍子もない理論をゼロベースからクリエイトし、それを独自にソフィスティケイトしていく力を大事にしたい」

どんな詰まらないことでも、社会認識として受け容れてもらえないようなことでもイイ。

要は、「そういう思考パターン」を大切にしていけたらイイなと思うのね。

 

何かね、たくさんの人間にマミれて生活しているとさ、そういう能力が目に見えて鈍ってくるのね。

(最近ブログを書けなかったのは、忙しいというのも原因であるが、「人間に囲まれ過ぎて、独自のネタをクリエイトする能力にノイズがかかった」というのも原因であった。これはホントに顕著に現れた・・・)

こういう状況に置かれている今、「自分が大切にしていきたい思考パターン」を見失わないような工夫をしていきたいと思う。

 

まぁ、焦ってもよくない。

ボチボチやろうかな・・・

 

人生何事もテキトーが一番ですわ。

以上

景嗣

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