嫉妬という感情 その1

どーも、景嗣です。

 

今日も何かテキトーなトピックについてダラダラと喋ることにしよう。

 

そうだな・・・以前、前掲ブログ記事「洗脳ーマインドコントロール」にて、七つの大罪について少し触れた。その稿の結論で「傲慢」を取り上げさせてもらったのを覚えているだろうか (知らない人は、前掲ブログ記事を見てね)

西洋文化における七つの大罪とは、「色欲」「暴食」「強欲」「怠惰」「嫉妬」「憤怒」「傲慢」を指す。

 

よし、今回は「傲慢」以外の大罪について、少しベラベラと喋ってみようか。

 

そうだな、今回テキトーに喋るのは・・・「嫉妬」はどうだろうか。

以下、「嫉妬」について、僕なりにベラベラと喋ってみるか。

 

 

改めて「嫉妬」とはなんであろうか。

 

現代社会では一般的に、以下のような意味合いで共有されている概念ではなかろうか。

すなわち、「自分が所有していないものを、他者が我が物として享受している状況から生じる、怒りや妬みの感情」という意味合いの認識で概ね間違いないであろう。

 

人間というのは不完全な生き物である。僕もそうだが読者も人間だったら、以下のような感情を必ずと言っていいほど抱いたことがあるはずだ。

 

「僕は肌が汚くて女の子から嫌われる。でもA君はいいなぁ。肌がキレイで爽やかだからムチャクチャモテるんやから。。。」

 

「どうせ僕なんてB君みたいな愛されキャラなんかになれやしない。あーもー。こんなことをグダグダ考えてナーバスになっちゃってる自分がイヤだ」

 

以上のような心の機微は少なくとも不完全な人間であれば誰しも感じたことがあろう。

 

ここで、みんな気になりはしないか?? 何でこんな不快な感情を抱く習性が人間に備わっているのかということを。

 

上記の通り、「嫉妬」という感情は何となく起こってしまうものの、感情的には不快だし、理性的に考えても、生きていくうえで必要な感情であるか一見疑問であるような気もする。

 

何故人間の感情は、「嫉妬」という感情を抱くようにプログラミングされているのだろう。。。

 

まぁ、いつものことだが、僕なりの考えを以下に示しているだけである。

( ´_ゝ`)フーン位の感覚で気軽に見流していってほしい。

 

 

イチから話していくと回りくどくなりそうだ。今回は先にオチに近いことを前置きするスタイルで行く。

 

思うに「嫉妬」という感情は、「本能的な感情」である可能性が高い。

「嫉妬」という感情は生物の進化の過程で養われた「本能的な機能」であるような気がするのだ。

 

アメーバのように、細胞を分裂させて子孫を増やすという「無性生殖」というものがある。

「無性生殖」と対を為す概念として。生物を大きく「オス」と「メス」に分類分けして、その両者が交わることによって子孫を増やすという「有性生殖」というものもある。

 

例外はどういうケースであっても存在し得るのだが、一般的に、生物は進化の過程で、疫病などが流行した時に「無性生殖」だと、全く同じ細胞コードの個体を増殖させているに過ぎないので、一旦、当該細胞コードと相性の悪い疫病が流行すると途端にその種族が全滅するという事態が生じる。

 

そうすると、細胞コード・遺伝子コードを多様化させて、より種族全体が生き残る可能性を見出すべく、同じ細胞コードを増やす「無性生殖」から、「オス」と「メス」の細胞コードを足して2で割る「有性生殖」に移行した方がイイとされるようになる。すなわち、遺伝子コードを多様化させて、疫病などによる種族の全滅という事態を免れる方が良いという方向になった。

以上のような理由で、概ねの生物が後者のような生殖方法を採用するようになったと一般的には説明される。

(僕は、理科系はもっぱら物理と化学が得意であって、生物の知識が疎かった。情報の間違いがあったらご指摘頂きたい。)

 

以上の経緯を踏まえると、「有性生殖」の本質的な目的は、「当該種族が少しでも生き残る確率を上げること」であることがうかがえる。

その目的の延長として、種族としては、少しでもタフで生き残る力のある子を残すという考え方を本能的に持つようになる。

 

そうすると、当然だが、「オス」と「メス」が子を為す過程で、合理的な思惑のもと生殖行動をとることが想像できる。

いうなれば、優秀な遺伝子を持つ子を為すために、優秀な遺伝子を有する「メス」が、より優秀な遺伝子を持つ「オス」を見つけ出し、交配しようとする風潮ができるのである。

当然、「メス」には「優秀なオスを見抜く真理眼」が養われ、「オス」には「メスに見込んでもらうため、生き残る力を顕示する行動力」が養われるようになったことはかんたんに想像できるだろう。

 

もうおわかりだろう。なぜ、カブトムシがオスどうしで決闘するのか。

それは、「メス」に「自分は生き残る力のある遺伝子を持っている。今からその証拠を見せるよ」という意味である。「メス」に選ばれるための手段なのだ。

 

さて、長々と生物学のファンダメンタルな話をさせて頂いたが、ここからが核心部分である。

 

当然ながら、同じ種族の「オス」とはいっても、各個体、それぞれ多様な形成体・細胞コードを有している。個体ごとの能力には個人差が見られるのは当然である。

屈強で腕力の強い個体Aと、ひ弱で非力な個体Bがいたとする。

ABどちらも目的は一緒、「メスに、自分は優秀なオスであると認めてもらうこと」である。

もし、この段階でABの目の前に、カワイ子ちゃんのメスCが現れたとするなら、個体Bの敗北は目に見えている。

 

あくまで僕の仮定にはなるのだが、そこでBの中では以下のような現象が起こるのではないかと考えている。

 

「ヤバい。。。このままじゃ『僕よりも強い個体A』に生殖戦争に負けてしまう。」

 

こういう危険信号が、本能的にBの神経全体に脈々と伝わると思うのだ。

 

そこで、Bは本能的に考えた。「確かにAは腕力が強くて、素手のまま喧嘩を売ると勝ち目がない。もしかしたら何かしらの武器を作ったらAに勝てるかもしれない。。。」

Bは石や木の棒から武器をつくれるように、今まで歩くために使っていた前足を武器をつくるという用途に変えることに決めた。手をより器用に動かせるように特訓したのである。

更に、Bは、「もし武器を作ったとしてもAの力の方が上かもしれない。もしかしたら、Aが睡眠をとっている時というのは隙だらけで、睡眠中に奇襲攻撃すれば、ラクにAを倒せるんじゃないか」とも本能的に思うわけである。

そこでBは、Aが睡眠をとる時期を予想したりする「思考力」を養うために、脳みその体積をより大きくさせたのである。

 

言うまでもない。そう生物学上、いわゆる「進化」という現象だ。

学問上、淡白に「生き残るために生物は進化していった」と説明されているが、進化の過程で生物たちが経験してきたドラマにフォーカスを当てると案外面白い。

 

そう、進化の過程で個体Bが抱いた本能的な危険信号、「あいつと比べて僕は劣っている」というメッセージ。おそらくこれが、現代で言うところの「嫉妬」のオリジンであると、僕は考える。

 

こう考えると「嫉妬」は、自分の遺伝子をより後世に残していくために、生物に組み込まれた本能的なプログラムであるように思う。ゆえに生き残りを懸けた生物である限り、経験せざるを得ない現象だと考える。ある種の生物の「防衛機能」といっても過言ではない。

上記の例のとおり、個体Bは「嫉妬」のオリジンたる危険信号によって、個体Aに勝つ方法を模索し始めたことからすると、「嫉妬」という感情は、自己成長にとって良い影響を与え得るように思う。どうやら、生物学上における進化という側面に注目すると、「嫉妬」というのは案外悪い感情ではなさそうだ。

 

さて、ここで、ちょっとした違和感らしき感覚が生まれる。

生物に先天的に組み込まれている「嫉妬」という本能的機能・これによって生物が進化してきたという実績ある「生存機能」。生物の進化という側面では嫉妬はむしろプラスの働きをしていた。

しかし、現代、特に西洋文化において、「嫉妬」は、最も忌むべき罪のうちのひとつと位置づけられている。

人間は、「嫉妬」という機能によって進化を果たし、同時に「嫉妬」という感情を戒めている。二律背反とまでは言えないが、どこかしら矛盾している感が否めない。

 

理性を有する人間ならば何となく肌で感じるであろう。

「嫉妬」とは無意識に抱いてしまう感情ではあるが、何となくプラスには働かない負の感情であることが。

しかし、改めて「嫉妬」というのが、なぜ「悪い感情である」と判断されるのか。その具体的な理由について、クソマジメに思考を巡らせたことのある人というのはそんなにもいないように思う。改めて、もう少し「嫉妬」について考えてみるのも面白いかもしれん。

 

「嫉妬」というトピックについて語り始めてみたら、まぁまぁ根の深い話に突入しそうだ。僕はシリーズものを書く場合、だいたい「その1」の終盤あたりでシリーズのオチを考え付くのだが、今回はまだ着地点が見えていない。

とりあえず「その2」の執筆にとりかかるが、どういう方向で話が収まるかわからん。本稿を「その1」と位置づけて、明日に「その2」を投稿する。

 

とりあえず、泳いでみようか。「嫉妬の海」を。

何とも広大で深淵なる海である。

以上

景嗣

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