少林寺拳法 牧野清先生との思い出ー出会い編ーその2

どーも、景嗣です。

さて、本稿は牧野清先生との出会いの話の続きである。

↑牧野先生、優しい顔してはるでしょー。

実際に会ったらむっちゃコワいんやでwww

前掲ブログ「その1」を読んだうえで、本稿を読むことを勧める。

以下リンクを貼っておく。各自確認されたい。

少林寺拳法 牧野清先生との思い出ー出会い編ーその1

 

徐々にそのおじいさんに近づいていく。

「えっ!! あの牧野清先生ですやん!?」
少林寺拳法の会報を毎月見ている拳士ならば、絶対に見たことのある先生だ。

会報で見る牧野先生は優しそうな顔をされている印象である。しかし実際の牧野先生は、目つきというか眼光が鋭い。目が合うと不覚にも本能的に身体がこわばってしまう。それくらい気迫がスゴイのである (無礼に当たるかもしれないが、「殺気」に近いオーラである) 。

廃部寸前の部活の監督として、ビッグネームの牧野先生がいらっしゃるなんて、つゆとも思っていなかった。そこに座ってらっしゃるのが、牧野清先生だとわかり、かなり焦った。

 

 

牧野先生はしゃがれた声で僕にこう話しかけてきた。

 

「おう、君が景嗣くんか。俺のこと知ってるやろ」

 

もちろん存じ上げている。ていうかむしろ知らない拳士がいるのか?? 即答で「イエス」と応えた。

何というか、その立ち居振る舞いとそのしゃがれた声 (加えて若干の巻舌) で話かけられると、これがムチャクチャコワいのである。僕はこの時かなりビビっていたと思う。

 

「あっこで道着に着替えてな、前の方で基本動作を見してくれや」続けてこうも言った。

 

牧野先生はそれ以上は、一切しゃべることはなかった。鋭い眼光で僕をジ―っと見ているだけだ。どうやら、僕の実力を試すつもりらしい。

 

とりあえず言われるがままに、Aちゃんと基本の動きである突き蹴りなどを一通り行った。まぁ、いつも通りの動きとセットメニューを淡々として見せたのである。

 

基本が終わって、だいぶ汗をかき休憩に入ったとき、牧野先生が僕にこう話しかけてきたのである。

 

 

「景嗣くん、昔の俺の動きにそっくりや。昔の俺を見てるみたいや」

 

 

先ほどの表情とは打って変わって、非常に柔らかで優しい表情で僕にそう話しかけてくださった。

 

遠回しではあるが、僕のことを一旦は認めてくれたようである。

少なくとも僕はそう解釈させてもらっている。ありがたい。

 

「景嗣くんは、俺と一緒で乱取が好きなのがわかるわい。 俺らみたいなコマいんは一気に踏み込んで間合を潰して、パッと離れないかん。これ、わかるやろ??」

牧野先生自身が若いころに苦労したことについて、僕に語り掛けてくださるようになった。アドバイスも兼ねて心の距離を縮め始めてくださったのである。

 

そこからは、牧野先生から様々な話を聞かせて頂いた。何度か食事にも誘って頂いた。以下に少しだけ、牧野先生から教えて頂いたエピソードを少しだけ喋っておこう。

 

「開祖の技は一見、『フワッ』と投げる・キメるようなイメージやろうけどな、実は開祖の技は全部「痛い」んや。特に俺は生意気ばっかり言うとったから、俺にかけるときは特に容赦なかった。開祖の技は本当に痛かった記憶しかないわい。」

どうやら、入門する前の少林寺拳法の組演武を見て、開祖に直接「今の組演武は申し合わせですか」と失礼なことを面と向かって言ったことがあるらしい。

そりゃ、キツくかけられてもしょうがない気もするwww

 

 

「俺は本当に喧嘩ばっかりしよったから、乱取りばっかりやっとった。寸止めの組演武でも、突き蹴りを当てなければ気が済まんかった。ある時、大会の模擬演武でうっかり相手の顔にモロに裏拳を入れてもうて、鼻血出させて騒ぎになったことがあってな。その組演武が台無しになってもうたことがあるんや。」

「開祖も見兼ねて『やめい、見苦しい!!』と叱って、俺らの演武を中止にさせたんや。こん時俺は『やってしまった』と落ち込んでいたんやけどな。」

「開祖はみんなが集まっている前に俺を立たして、こういうたんや。」

「『コイツは1年前までは何もできんかった男だ。それがこれだけできるようになった。これはスゴイことではないか。コイツの成長したところを見てやってくれ』と褒めてくださったんや」

「この開祖の言葉で落ち込んだ気分から立ち直れたんや。開祖は、この辺の、人の心の掴み方が絶妙なお方やったわい」

少林寺拳法は、「人づくりのための行」である。開祖自身、門下生の人徳成長にも大いに気を遣っていたことがうかがえるエピソードである。

 

 

「昔、よく開祖に『お前は目つきが悪い。人を睨んではいかん』と言われとった。まぁ今でも、少林寺拳法の本部に行って歩いとったら、『京都の殺し屋が来た』て冗談言われるんや」←笑ってしまったwww

目つきの悪さという点でも、僕は牧野先生と似ているようだ。僕もその目つきの悪さゆえ、よく「チンピラ、ヤクザ」と言われたものであるwww

 

牧野先生から頂戴したお話はどれも面白いものばかりだ。ブログの記事一つだけでは語りつくせない。とりあえず紹介できるものだけ紹介しておいた。

 

 

だいぶ、場面は飛ぶのだけど、「部員勧誘大作戦」は成功したと言っていいだろう。新一年生は男女含めて複数名入部した。廃部の危機を何とか免れたようである。体育館の壇上で、Aちゃんにガンガン投げられた甲斐があったわいwww

 

(後日)

その後も高校に何度か練習に顔を出させて頂いた。そこには一皮むけて成長したAちゃんと新一年生が一所懸命練習していた。廃部寸前で閑散としていた道場が様変わりしていた。もちろん、牧野先生もいらしている。

 

ある日、Aちゃんと新一年生と共に稽古したあと、牧野先生から・・・

「景嗣くん、月に一回な、西陣道院で高段者向けの技術研究会をしとるんやけどな。よかったら、おいでや。君やったら来てもエエわ」と誘ってくださったのである。

 

何ともありがたい。凡骨拳士の僕をそんな高度な技術研究会に誘ってくださるなんて。尊敬する牧野先生に、ある程度技術を見込まれたような気がして嬉しかったのを覚えている。

 

それからというものの、毎月の西陣道院における技術研究会に参加させて頂いていた。(網膜剥離に罹患して以来、一度も顔を出せていない)

 

 

さて、牧野先生との出会いのエピソードを書くのにも膨大な文字数を使った (ムダな文章が多いだけかww) 。それくらい僕にとっては衝撃的な出会いだったのである。

その西陣道院の研究会で学んだこと、牧野先生が伝えてくださった教え、西陣道院で出会った素晴らしく修羅な拳士たち (ひとりひとりが道院長レベルである) 。

これらについては、また機会があれば改めてブログ記事にすることにしよう。書ける範囲にはなるが。

 

 

 

最後に、牧野先生が残した名言をひとつ紹介したい。

 

「少林寺拳法の技はな、全部痛いんや。痛いから長いこと続けられるんや」

 

今の僕は未熟過ぎて、牧野先生のこの言葉の意味するところを理解しきれない。

ただ何となくストンと腑に落ちるのだ。その感覚はわかる。ただそれだけだ。

どうやら、その境地に至るには、まだまだ先が長いってことかな。

 

本当に牧野清先生はカッコいい。右目を失い、地に堕ちた今でも僕の憧れである。

 

網膜剥離に罹患して、少林寺拳法から離れ、なんやかんやで3年ほど西陣道院に顔を出せていない。

牧野先生、西陣道院ファミリーの拳士たちは元気にしているだろうか。

いつか、顔だけでも出しに行こうかな。

以上

景嗣

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です