肉食獣はけっして肥満することはない

どーも景嗣です。

シリーズ化しようかなと思ってる企画がありまして。

先人の残した謎めいた言葉を解釈していこうかなというコーナーである。

メンドクサイコーナーにならないように努力していきます。

 

『肉食獣はけっして肥満することはない』

サヴァラン、『味覚の生理学』より。

 

これ、どういう意味なんやろう??

1800年ごろに活躍した、法律家、政治家の言葉らしい。

『美味礼賛』という書物を著すほどの美食家で有名であったそうな。

ググって、ヤフり続ければ、正解に近い答えにはたどり着くだろう。

しかし、当コーナーの本旨は、自分で考えて解釈すること。敢えて正解に近い情報を参照しないことにする。知りたきゃ、自分で調べてちょ。

 

確かに、肉食獣として代表される、ライオン、チーター、パンサー、タイガーなど。全ての肉食獣の身体は、筋肉質であり、ぜい肉があまりついてない。その姿は、一種の神秘性を帯びているようにも感じる。

普通に考えて、一匹の獲物を仕留めるのに、相当な運動量を使うわけだ。太るわけなどなかろうて。まあ身も蓋もない話だ。

また、過量に食べて太っちょになってしまっては、そもそも狩りができなくなる。当然の話だろう。

 

しかし、こうなるとどうだ。「自分自身が進化して、より低燃費で獲物を仕留められるようになれば、太ってもいいんじゃないの??」

 

猿が自分の前足を、道具を作ることに使い始めたように、獲物を狩るのにかつてのような運動量を必要としなくなったら。もっとラクに効率よく獲物を狩るシステムを作ったら。それが、武器であり、集団であろう。

猿、のちの人間はこうやって文明を発展させ、食物連鎖の頂点に立つことになった。

その反面、ぶくぶく太った大人がぎょうさん増えたんだがwww

とはいえ、痩せる必要もなくなったというのも事実だ。

 

本来肉食獣であるが、太ってしまっても構わない存在、人間。おそらく、サヴァランの言う「肉食獣」からは除外されてるであろう。

さて、なぜ、美食家サヴァランは、ライオン等の肥満しない肉食獣にフォーカスを当てて、上記のような格言を残したんだろうか??

 

こっからは、僕の主観的な考えだ。

( ´_ゝ`)フーン 程度の感覚で見てほしい。

 

サヴァランの生きた時代ではなくて僕が生きている現代を観察してみる。

確かに、人間は文明を発展させ、あらゆることを効率化させている。仕事面においては、ラクして生産性を上げることに成功している。その分仕事のレベルは高度化する。単純に仕事する人間のストレス値が上がる。

ストレスフルな仕事の終わりに、油ギッシュなつまみとお酒を飲むわけだ。これがまたうまいらしい。ほんでぶくぶく太るwww

「モノスゲー、ストレスフルな仕事しとんすよ!! やめられないっしょ!!」こういう人は現代において少なくなかろうて。

好きではなくとも、集団の付き合いでガンガン食わされ飲まされる者もいよう。

やがて、会社の健康診断に引っかかる。「やべー、痩せないと。。」ついには、週何度かにわたってジム通いをして自身の健康を取り戻す活動をする。お金もその分たくさん使う。「稼がなければ!! もっとストレスフルな仕事に挑まねば」。

はい、その繰り返しっ。

「太り過ぎては、痩せて」という、生活リズムをつくるわけである。しかも大金を支払って。(まぁ、どうせ痩せられねぇけどな!!)

 

そこでふと思うわけだ。

「最初から太らなければ、痩せる時間なんて必要ないじゃん」と。

一瞬で狩りを終わらせて、太りもしない肉食獣。長い目で見れば、低効果かもしれんが低コスト。(まあ、狩りが下手くそな奴はのたれ死ぬのだが)

 

それに比較して、人間。ダラダラ脂っこいものを食べて、太り過ぎた挙句、ダイエットに勤しむ。そんな生活を週単位でダラダラとスケジューリングする。さらにお金もかかる。長い目で見れば、目先の高効果を求めて、高コストを支払うのである。

 

両者の時間・生き方全体の使い方という側面に着目した場合、肉食獣の方が圧倒的にスタイリッシュではなかろうか??

そう考えると、スマンが人間。君らの生き方が滑稽に思える。タイムイズマネーでっせ。

 

法律家ってのは、事象解決の際に用いる論理・道具立てに、合理性、妥当性、許容性等が認められるかどうかを検討し、一定の評価を加える生き物であるように思う。見方を変えて物事に評価を加えた時、齟齬やムダが見え隠れすると妙に気に食わん節がある。

このブログで取り上げる問題は、概ね、「目先の効率化を推すあまり、全体的に非効率になっていること」や「手段があまりにも有用過ぎて目的化してしまって、本末転倒になっていること」などである。どうやらそういう考え方が染みついているらしい。(僕は劣等生であるが)

そういやサヴァランは、法律家。現代人(彼が生きた時代だが)の巻き散らすムダが鼻についたのだろうか。そこで、合理的な生き方をする肉食獣を対比させて、現代人の生き方の不合理さを主張したかったのではないか。少なくとも僕はそんな気がしてならない。

 

果たして、天下の美食家がそんなことを考えただろうか??そりゃ、本人しかわからんこと。

 

他にもパッと思いついた考えもある。

サヴァランは美食家ゆえに、「食べる」という行為に何かしらの美学を求めたと仮定する。解釈が結構拡大するが、「肥満しない」ことを「美しい」と捉えるのである。

「その場で獲物をかっ食らう」ことこそが「食べる」という行為の最上のモデルであることを見出したという説はどうだ。

 

こういう一種のバイオレンスさに美学を感じるのはわからんでもない。

法治国家では、暴力はご法度であるが、格闘技の場面になれば、合法的に人を殴れる。僕はそういうのも醍醐味の一つとして、黒帯を締めている節がある(拳士にあってはならない発想である。さあ僕を軽蔑してくれ。)

まぁ、後説の解釈は若干飛躍しているような気がする。。。前説の方が無難な模様。

 

さて、本当はどういう意図でこの言葉を残したのかな。

ここまで来たら答えなんてどうでもいいなんて思う。

解釈する過程が面白いのである。こういうのは。

以上

景嗣

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肉食獣はけっして肥満することはない” に対して1件のコメントがあります。

  1. impact-y より:

    『肉食獣はけっして肥満することはない』
    このメッセージについて俺は
    第一印象は皮肉
    第二印象は警鐘
    と捉えた

    『皮肉』
    概ね師匠(笑)の考えと被る
    時間とエネルギーと金をかけて肥え
    時間とエネルギーと金をかけて痩せる
    一応地球上の生物の中で唯一月にまで人を運ぶ技術を持っている高等生物(笑)である人類が無駄な事をやっている
    それならば肥えなけりゃいいものを。
    ごもっとも

    高等生物であるが故の贅沢なのだろうか

    はい
    これが『皮肉』

    『警鐘』
    地球規模の問題の1つに食料問題が挙げられる

    地球は実に美しいバランスを保っている
    汚染は適正であれば浄化する
    消費は適正であれば補填する
    適正であればの話

    想定外であれば保証はできない
    食料も例外ではない
    利益を求めるあまりの過剰生産、フードロス
    異常なグルメにエネルギー過多

    こんなんやってたら自分の首を絞めて、いずれは壁にぶちあたりまっせ

    これが『警鐘』

    食べるのが干し草メインの牛さんがあんな巨大な体型を維持するメカニズム(微生物)を時間かけて人間に適応すれば少しはバランス戻るかな
    (他の問題がでてきそ)

    なんやかんや言いながら俺はダイエットは明日からと、いい続けて数十年

    美味しいラーメン屋を罰するべきだと思う
    サヴァランが生きていたら間違いなく通うであろうラーメン屋が多すぎる❗

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